大判例

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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)2452号 判決

昭和五五年(ワ)第二四五二号事件、

昭和五八年(ワ)第六九二号事件原告(以下、原告という。)

甲山良子

昭和五八年(ワ)第六九二号事件原告(以下、原告という。)

甲山一郎

昭和五八年(ワ)第六九二号事件原告(以下、原告という。)

甲山美子

右三名訴訟代理人

西博生

昭和五五年(ワ)第二四五二号事件、

昭和五八年(ワ)第六九二号事件被告(以下、被告という。)

枇杷葉温圧健康会こと、乙田瑞光こと

乙田正

昭和五五年(ワ)第二四五二号事件、

昭和五八年(ワ)第六九二号事件被告(以下、被告という。)

乙阪君江

昭和五八年(ワ)第六九二号事件被告(以下、被告という。)

乙井幸男

昭和五八年(ワ)第六九二号事件被告(以下、被告という。)

枇杷葉温圧健康会

右代表者代表幹事

乙谷福夫

昭和五八年(ワ)第六九二号事件被告(以下、被告という。)

株式会社枇杷葉温圧

右代表者

乙谷福夫

右五名訴訟代理人

春木実

主文

一  原告らの被告枇杷葉温圧健康会に対する訴えを却下する。

二  原告らの被告乙田正、同乙阪君江、同乙井幸男、同株式会社枇杷葉温圧に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、被告健康会の当事者能力の有無について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告乙田は、枇杷葉温圧という民間家庭療法を創唱し、右療法を実際に行い賛同している人々と共に枇杷葉温圧健康会という名称の同好会を作つてその会長となり、枇杷葉温圧健康会には副会長として乙谷福夫やその他顧問、長老、指導部長という肩書を有する人々が関与していた。被告乙田は、右枇杷葉温圧療法の普及、宣伝をするために枇杷葉温圧健康会の名称を使用して活動していたが、昭和五五年九月に右健康会の会長をやめた後は乙谷福夫が代表幹事という肩書で枇杷葉温圧健康会の名称を使用して行動している。しかし、枇杷葉温圧健康会には会の運営に関する規則や役員の選任に関する規則もなく、固有の財産も存しない。

2  被告乙田は、枇杷葉温圧健康会本部の名称で枇杷葉温圧療法の普及宣伝に努めるとともに右療法用具及び棒もぐさを自らあるいは全国各地の販売代理店を通じて販売し、右販売代理店を枇杷葉温圧健康会の支部と称し、右療法用具の購入者に対し枇杷葉温圧健康会の会員名簿にその氏名・住所を記入してもらつて会員になつてもらい、年賀状を送つたりしていたが、会費徴収はしていない。なお、枇杷葉温圧健康会には専属の職員は存在せず、被告乙田の右事業の被用者が枇杷葉温圧健康会宛の電話に応対していたにすぎない。

3  被告乙田らは、昭和五〇年八月二九日、有限会社枇杷葉温圧を設立し、以来、右会社は、被告乙田の前記事業を引継いだが、枇杷葉温圧健康会本部の名称をも併行して使用し、自らあるいは販売代理店を通じて前記療法用具・棒もぐさを販売し、右療法用具の購入者には前記のような方法で会員になつてもらつている。なお、有限会社枇杷葉温圧は昭和五六年一一月二〇日(登記は同年一二月一日)組織変更により解散し、被告会社が設立され、事業を継承している。

右認定の事実によれば、被告健康会は、本来同好会として作られたものであつて、その名称は被告乙田や被告会社によつて枇杷葉温圧療法用具や棒もぐさの販売のために利用されているにすぎないものであり、会の運営や役員の選任に関する規則もなければ、管理すべき固有の財産も有せず、その構成員は不特定多数の枇杷葉温圧療法の利用者の氏名を療法の用具等購入時に名簿に記入させることによつて会員となつたと称しているにすぎず、団体としての組織を備えてはおらず、したがつてその組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理、その他社団として主要な点が規則によつて確定しているものでもないことは明らかであるから、被告健康会は、法人に非ざる社団として当事者能力を有するということはできない。したがつて、原告らの被告健康会に対する訴えは不適法であつて却下すべきものである。

二被告乙田が枇杷葉温圧という一種の温灸療法を提唱し、被告健康会の創立者でその責任者の一人であつて、枇杷葉温圧療法の普及宣伝を行い、右療法のための用具・もぐさの供給を業としていること、被告会社は同健康会と本店所在地を同じくすること、被告乙阪は同健康会の関西指導部として枇杷葉温圧療法の提唱、宣伝、その作法の実演、指示、教導、右療法用具・もぐさの供給を業としていること、被告乙井が同乙阪の内縁の夫であること、被告乙田は被告健康会会長名で、乙谷福夫は被告健康会代表幹事としてそれぞれ枇杷葉温圧療法宣伝の著書を発行していること、被告乙田、同乙阪、同乙井及び乙谷福夫がきゆう師の資格を有しないこと、原告らが昭和五〇年五月一八日被告乙阪方を訪れたこと、被告乙阪が枇杷葉温圧療法は根気よく長く続けないといけないと言つたこと、同被告が原告らが持参した被告乙田の著書中の人体図の約九〇箇所に印をつけて示し、右療法を毎日少くとも一回できるなら二、三回するように言つたこと、被告乙阪が原告らに対し棒もぐさ一五本及び右療法用具を渡し、原告らから一万五〇〇〇円の支払を受けたこと、被告乙阪が原告一郎に対し同月三〇日から同年七月四日までの間に五回にわたり合計一七〇本の棒もぐさを渡したこと、被告乙阪が同年一〇月下旬原告ら方を訪れ、原告らに対し持参した椿油を渡したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

三前記二の争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告良子は、昭和三五年二月二四日生まれで、昭和四五年二月ころ(同原告が小学二年生のころ)、足首が痛く歩きにくいので当時住んでいた金沢市所在の小川医院で診察を受けたところ、リューマチとの診断を受け、主として小川医院に、その他金沢大学医学部付属病院や漢方医などにも通院して投薬の治療を受けた。さらに、原告良子は、同年一〇月三一日、京都市所在の医療法人聖光園細野診療所(以下、細野診療所という。)で受診し、同診療所の坂口弘医師から関節リューマチとの診断を受け、原告らが昭和四七年京都府内に転居してからは、主として細野診療所で投薬、鍼灸の治療を受け、これと併行して他の病院の診察をも受けてきたが治癒に至らなかつた。

2  原告良子の母の原告美子は、昭和五〇年二、三月ころ、書店で乙田瑞光こと被告乙田著の「奇跡のビワの葉療法」という本が目についたのでこれを購入して読んだ。被告乙田は、右著書において、枇杷葉療法を紹介するとともに、自らが実践し普及に努めている枇杷葉と棒もぐさを組合わせた枇杷葉温圧療法の効能について種々紹介し、その特色として、枇杷葉温圧療法は最高の家庭療法であつて誰でも一回の指導(約一時間半)でその作法を楽に覚えられること、ツボ(基本施術部位)は鍼灸のようにごく小さい点ではなくある程度広範囲にわたるのでおよその見当で簡単にさぐりあてられること、時間や回数の制約がなく、子供にも寝たきりの病人にもでき、誰でも施し施され得ること、副作用の心配は全くないこと、原因不明の病気、病名の定かでない病気にも驚くべき効果のあることを挙げ、さらに右療法の作法、すなわち右療法用具の使い方、温圧の量(温圧後「熱が次第にとおり(一〇秒前後)じーんと感じたら(熱さは余計に我慢しない)」棒もぐさ等をとることという程度)や人体図に黒点印でツボを示し、必ず直接の指導を受けることを指示し、また右療法によつて若年性関節リューマチなどが完治した例を示し、根気よく右療法を続けるよう説いていた。

3  原告良子は、引き続き細野診療所で受診していたが、高校入学直後の同年四月末ころには肘の痛みがひどくなり悪化の傾向にあり、同年五月初めには少し軽快していたものの余り目に見えて快方には向かわないので、原告美子は、被告乙田の前記著書に記載されてあつた枇杷葉温圧療法の効能に引かれ、右著書に記載されてあつた枇杷葉温圧健康会本部に電話した。原告美子は、右本部に対し原告良子の症状と医師にリューマチと診断されていることを伝え、右療法が原告良子の症状に効くかどうか、原告らの居住地付近で右療法の指導を受けられるかどうか教示を求めたところ、右本部の応対者は原告美子に対し、原告良子の症状は右療法によつてなおる旨答え、大阪市在住の被告乙阪を紹介し、同人の電話番号を教示した。そこで、原告美子は、被告乙阪に対し、電話で、原告良子の症状と医師からリューマチと診断されていることを伝え、右療法が原告良子の症状に効くかどうか尋ねると、被告乙阪は、原告美子に対し、原告良子は右療法でよくなると答えた。そこで、原告美子は、同年五月一八日に被告乙阪方を訪問することを予約した。

4  被告乙阪は、被告乙田が行う右療法用具及び棒もぐさの販売事業の販売代理店の一つであり、昭和四九年一〇月ころから枇杷葉温圧健康会関西指導部の名称の下に、右療法用具及び棒もぐさを被告乙田(有限会社枇杷葉温圧設立後は同社、組織変更後は被告会社)から仕入れ、右療法の利用者に販売しており、右療法用具の使い方の指導を受けるために枇杷葉温圧健康会本部へ赴いたことがあつた。また、被告乙井は、内縁関係にある被告乙阪と同居し、被告乙阪の右療法用具及び棒もぐさの販売の仕事を手伝い、その購入者に用具の使用方法の説明をしたり、時には実際に右療法を実施してみせることもあつた。なお、被告乙阪、同乙井はきゆう師の資格を有しない。

5  原告らは、昭和五〇年五月一八日、被告乙阪方を訪問した。被告乙阪は、同被告方において、まず原告らに対し、被告乙田の前記著書の記載内容に従つて枇杷葉温圧療法用具の使い方を説明し、原告一郎、同美子が自宅において原告良子に対し右療法を実施できるようにするため、同人を布団の上でうつ伏せあるいはあお向けにして同人の身体の主要と考えられる基本施術部位(ツボ)に、枇杷葉一枚をおき、その上に八枚折りの布を、さらにその上に八枚折りの紙を重ねて、その紙の上から火をつけた棒もぐさを押しあてて温圧するという方法で実際に右療法を行つてみせた。この間に、被告乙井は外出先より帰宅してその場に同席し、被告乙阪、同乙井は、原告らに対し、原告らが持参してきていた被告乙田の前記著書中の人体図に黒点印で説明されていたツボのうち重要と考えたツボに赤のサインペンで丸印をつけ、痛まないところでも印をつけた箇所は温圧すべきであること、さらに人体図中の二重丸印の箇所は特に重要であるから必ず温圧すべきこと、右に赤丸、二重丸で示した箇所(合計約九〇箇所)を一日に一順の温圧を一回、できれば二、三回するようにとすすめた。そして、被告乙阪は、原告らに対し、右療法用具一式及び棒もぐさ一五本(当時一本当りの単価は四〇〇円)を代金合計一万五〇〇〇円で販売し、その代金を受領し、その際、枇杷葉温圧健康会の会員名簿に原告らの氏名、住所を記入させた。

6  原告一郎、同美子は、同年五月一九日から自宅で原告良子に対し、被告乙阪、同乙井の説明のとおりの身体の箇所に枇杷葉温圧をしたが、その箇所を一順するのに約三時間を要し、枇杷葉温圧をする側もされる側も疲れるので、原告美子は、被告乙阪に対し、電話で右事情を話し原告良子にとつて悪い結果をもたらすのではないかと相談したところ、被告乙阪は、原告美子に対し、大丈夫である、一日三回は枇杷葉温圧をやつてほしいくらいで三時間は決して多くないと答えた。そのうち、原告良子は膝が痛み腫れるなど症状が悪化してきたので、原告美子は、被告乙阪に対し、原告良子の右症状を伝えたところ、被告乙阪は原告美子に対し、それはメッケンと言つて良い兆候であり良くなるためにはそれを通過するものであり、温圧の時間を少なくする必要はない旨答えた。また、原告一郎が被告乙阪方へ棒もぐさを買いに訪れた際、同被告に対し、原告良子の膝が腫れてきたことを伝えると、被告乙阪はリューマチで腫れた人が枇杷葉温圧をすることによつて腫れの引いた例を聞いていたし、右療法によつて症状が悪化したという苦情をこれまで受けたこともなかつたので、原告一郎に対し、原告良子の腫れた部位に隙間なく枇杷葉温圧をするようにすすめた。原告一郎、同美子は、その後同年七月二〇日ころまで原告良子に対し枇杷葉温圧を続け、それまでに被告乙阪から購入した棒もぐさ約一七〇本のうち約一四〇本を使用した。なお、この間の同年七月一七日、原告良子は体の調子が悪く歩けないということで原告一郎に抱かれて細野診療所で受診し、足の関節や指の痛みを訴え、その症状は同年五月の受診時より悪化していた。

7  原告良子は、同年七月末ころ、リューマチがなおると言われ、カイロプラクテック療法(脊椎矯正術)を一回受け、少し歩きやすくなつたので、原告美子とともに東京へ行き五昧雅吉の施術所で同年八月、九月の約五五日間右療法を受けたが、原告良子の症状は良くならず、その後原告良子は腰がそり返つたり、足を開いて歩かねばならない状態になつた。

8  原告良子は、夏休みが終り通学するようになつて一時良くなつていたが、同年一二月二五日、細野診療所で受診した際にはその症状は悪い状態にあり、翌昭和五一年一月一九日林整形外科で受診した際も前年の暮から寝返りの時痛いこと、階段の昇降がしにくいことを訴え、そして同年五月一三日細野診療所で受診した時は膝関節は比較的良かつたが、肘関節に痛みと腫脹がみられた。その後、原告良子は、同年七月一六日、星ケ丘厚生年金病院で受診し、多発性関節リューマチと診断され、両肘・手関節の運動制限が強く疼痛を伴うこと、両肩・膝・足の運動痛が認められ、同月二九日から同病院のリハビリテーション科において機能訓練・温熱療法を受けたが、昭和五二年一月ころから関節痛増悪のため同病院の整形外科で受診し、同年三月二九日から金療法を開始した。原告良子の同年四月ころの症状は両肘運動制限、左拇指右示小指の腫脹・疼痛、両肩の運動制限と疼痛、両膝の腫脹・熱感・運動痛であり、原告良子は、その後は二、三週に一度の割合で右病院に通院して金療法・理学療法を受け、昭和五四年九月二〇日からは金療法のみを受けた。原告良子の昭和五五年一二月当時の症状としては両肩運動制限、両肘運動制限・疼痛、両膝腫脹・疼痛、歩行時における両膝の不安定性が認められ、昭和五六年三月ころまで右病院に通院した、そして、原告良子は、この間の昭和五四年六月一四日、右病院で、病名がリウマチを原因とする四肢関節拘縮、その症状が両肩関節の著しい障害、右肘は九〇度で拘縮、左肘はほぼ正常、両手関節は強直、両手指の変形、両股・両膝関節の運動制限、正座できない、歩行は可能、頸部の運動は正常ということで身体障害者福祉法別表第四の第1(第2級)に該当するものと認定された。

四そこで、被告乙阪、同乙井、同乙田の債務不履行責任の存否について順次検討する。

1  原告らは、原告らと被告乙阪、同乙井間において右両被告が原告良子の症状を枇杷葉温圧によつて診療する旨の契約が締結された旨主張するので、右診療契約の存否について検討する。

前記三で認定した事実によれば、被告乙阪は原告美子から同良子の症状、リューマチと診断されていることを聞いて枇杷葉温圧療法によつてなおる旨答え、原告良子に対しその療法を行つてみせているものである。しかし、被告乙田は、その著書において、枇杷葉温圧療法は民間の家庭療法であつて一度その作法の指導を受けると誰でも自宅でできるものであるとして、右療法の作法、すなわち右療法用具の使い方、基本施術部位、温圧の量等を説明するとともに、必ず直接の指導を受けることを指示しており、右療法は専門の知識、技能を有する者の施術を受けるのではなく、作法の指導を一回受けるだけでその後は各自自宅で実施することが予定されているものであること、被告乙阪は、同乙田の著書の記載内容に従つて右療法用具の使い方、施術部位、温圧の量等を原告らに具体的に教示するために実際に原告良子の身体に右療法を行つてみせたにすぎないものであり、右作法内容自体は原告美子も被告乙田の著書を読んで既にその知識を得ていたこと以上のものではなかつたこと、被告乙阪方には右療法器具の購入者に右療法の作法を実際に身体に行つてみせて具体的に説明するための便宜上布団が置いてあつただけで、ほかには入口等に治療所等一般に医学的治療行為をなす旨を表示する看板等を掲げていたわけではないし、診療行為に必要と思われる基本的な診療器具、器材すら備えておらず、被告乙阪は枇杷葉温圧健康会関西指導部の名称を使用してはいるが、実際は、被告乙田(当時)から右療法用具や棒もぐさを仕入れて右療法の利用者に販売していたもので同被告の販売代理店の立場にあるものにすぎなかつたこと、被告乙阪は、原告らから一万五〇〇〇円を受領したが、これは右療法用具及び棒もぐさの販売代金であつて、右代金中に被告乙阪、同乙井の原告良子に対する右療法による診断及び治療行為の対価に相当する金額が含まれているとみることはできないこと、また、被告乙井は、同乙阪と同居し、同被告の右療法用具及び棒もぐさの販売業を手伝い、右療法用具の購入者にその使い方を説明したり、時には説明の便宜上実際に右療法を実施してみせることがあつたもので、本件においても被告乙阪の原告らに対する右療法の説明の手伝をしたにすぎないこと、原告良子の両親の原告一郎、同美子は、被告乙阪から同被告方で一度右療法の作法についての説明を受けただけで、その後は自宅において自ら原告良子に右療法を実施してきたものであり、被告乙阪、同乙井に原告良子の症状をみせてその診察を求めたり、再び右療法の実施を依頼したりしたことはなかつたことなどの事情がうかがわれ、これらの事実に照らすと、被告乙阪は、原告らに対し、右療法用具及び棒もぐさを販売するために、被告乙田の著書の内容に従つて、原告良子の症状が右療法でよくなると右療法の効果を宣伝し、原告らが自宅で右療法を実施できるようにするために、被告乙井とともに右療法用具及び棒もぐさの使い方を説明したにすぎないのであつて、原告良子の病状を診察し、その治療行為をしたものではないと認めるのが相当であり、被告乙阪、同乙井が原告らに対し原告良子の診療を約したものと認めることはできない。

2  原告らは、原告らと被告乙田間において同被告が原告良子の症状を枇杷葉温圧によつて診療する旨の契約が締結された旨主張するので、右診療契約の存否について検討する。

原告美子が枇杷葉温圧健康会本部(被告乙田の個人事業の名称でもある。)に電話で、原告良子の症状と医師にリューマチと診断されていることを伝え、枇杷葉温圧療法は原告良子の右症状に効果があるかどうか、原告らの居住地付近で右療法の指導を受けられる場所の教示を求めたところ、右本部の応対者は原告美子に対し、原告良子の症状は右療法でよくなる旨返答し、大阪市在住の被告乙阪を紹介し、その電話番号を教えたことは前記三3で認定したとおりである。

しかし、被告乙田は、その著書において、枇杷葉温圧療法は民間の家庭療法であつて一度その作法の指導を受けると誰でも自宅でできるものであるとして、右療法の作法、すなわち右療法用具の使い方、基本施術部位(ツボ)、施灸(温圧)の量等を説明するとともに、必ず直接、右作法の指導を受けることを指示しており、右療法は専門の知識、技能を有する者の施術を受けるのではなく、作法の指導を一回受けるだけでその後は各自自宅で実施することが予定されているもので、原告美子は右著書を読んで既にその知識を得ていたことは前記四1で判示したとおりであり、また、前記三の事実によると、被告乙阪は同乙田の右療法用具及び棒もぐさ販売事業の販売代理店の立場にあるものであつて右療法用具の使い方の指導を右本部で受けたことがあるにすぎず、きゆう師の資格も有しないので、被告乙田においても、被告乙阪が右療法用具の販売に当つてその購入者に対し、前記著書の記載内容に従つて右療法の作法等を説明、指導することを予定していたものであること、被告乙田の主宰する右健康会本部の応対者は原告美子に対し電話で原告良子の症状が右療法によつてなおると述べ、被告乙阪を紹介したものであるが、それは、原告美子に右療法用具、棒もぐさを被告乙阪から購入させ、かつ右療法の作法等につき同人の指導を受けさせるために同被告を紹介し、右療法の効果を宣伝したものにすぎないことが明らかであるから、右電話での応対によつて被告乙田(右本部)が原告らに対し右療法によつて原告良子の症状を診療する旨約したと認めることは到底できない。

そうすると、被告乙阪、同乙井、同乙田はいずれも原告らとの間で診療契約を締結したものと認めることはできないから、原告らの右被告らに対する診療契約を前提とする債務不履行(不完全履行)に基づく損害賠償請求は原告らのその余の主張につき判断するまでもなく理由がない。

五次に、被告乙阪、同乙井、同乙田の不法行為責任について検討する。

1  被告乙阪について

(一)  原告らは、被告乙阪は資格を有せずして原告良子に対し施灸を行つたこと自体重大な注意義務違反であるうえ、施灸方法を教示し、施灸を実施するにあたつて尽すべき注意義務に違反したものとして不法行為責任を負う旨主張する。

被告乙阪は、昭和五〇年一月一八日、同人宅において、原告らに対し、被告乙田の著書の記載内容に従つて枇杷葉温圧療法用具の使い方を説明し、原告一郎、同美子が自宅において原告良子に対し右療法を実施できるようにするため同人を布団の上でうつ伏せあるいはあお向けにして同人の身体の主要と考えられる部位に実際に右療法を行つてみせ、この間に外出先より帰宅した被告乙井とともに原告らに対し、前記著書中の人体図に黒点印で説明されていたツボのうち重要と考えたツボに赤のサインペンで丸印をつけ痛まないところでも印をつけた箇所は温圧すべきこと、さらに人体図中の二重丸の箇所は特に重要であるから必ず温圧すべきこと、右に赤丸や二重丸で示した箇所(合計約九〇箇所)を一日に一順の温圧を一回、できれば二、三回するようにすすめたことは前記三5で認定したとおりである。

しかし、被告乙阪が原告良子の身体に温圧療法を行つたのは、右療法用具の使い方、施術部位、温圧の量等を原告らに具体的に教示し、以後原告らが自らこれを行えるようにするための例示としてであつて、原告良子の病気治療のための施灸としてしたものではないことは前記四1で判示したとおりであるから、被告乙阪の右療法実施行為自体が違法なものであるということはできない。また、被告乙阪は、民間家庭療法としての枇杷葉温圧療法を提唱し、その普及宣伝に当るとともに療法用具・棒もぐさ等の販売を業としていた被告乙田の関西における販売代理店としての立場にあるもので、原告らに原告良子の病気の診察や治療を約したわけではなく、単に右療法用具の販売に当つて、被告乙田の著書の記載内容やこれまでに右療法によつて症状がかえつて悪化したとの苦情を受けたこともなかつたことから、右療法には特に危険な副作用等はないと考えてその効用を極力宣伝するとともに、その施行方法、施行場所等を具体的に説明し、教示する仕事に従事していたにすぎず、その事業活動の一環として、原告らに対し、右説明、教示を行つたものであり、しかも右著書によつても、右療法は民間家庭療法として本来一度作法の指導を受けるだけで誰でも各自家庭で行えるものとされていて、原告美子は被告乙阪の説明、教示が右著書を読んで既に得ていた知識以上のものではないことを知つていたし、その療法自体、身体上重要と考えられる施術部位(ツボ)に枇杷葉一枚をおき、その上に八枚折りの布を、さらにその上に八枚折りの紙を重ねて、その上から火をつけた棒もぐさを押しあてて温圧し、温圧後熱が次第にとおりじーんと感じたら熱さは余計に我慢しないで棒もぐさ等をとるというものであることは前記三で認定したところから明らかであり、これらの事情に、右療法は、右のとおり極めて簡単なもので誰でも家庭において容易に行うことができ、その療法を受ける者が苦痛や不快を訴えたときには直ちに中止すればよく、その人の健康状態や症状の変化に応じてその量を増減し、施行の時間や間隔を加減し、いつでも中断し、また開始することが施行者自身の判断によつて自由にできる性質のもので、そこにこそ民間家庭療法というものの特質があると考えられることをも総合すると、被告乙阪が原告らに対して右療法用具を販売するに当つて右療法自体に特に危険な副作用はないと考えていたことには無理からぬものがあり、被告乙阪は、前記の説明、教示をするに当つて、原告良子の身体の状態、過去の病歴、現症状等を問診その他の方法によつて充分に把握し、同人の健康状態や症状に応じた適切な分量、適切な方法による温圧を教示すべき注意義務まで負うものではないと言わねばならない。そうすると、被告乙阪が前記著書の内容に従い右療法用具の使い方を説明し、その一環として原告良子の温圧箇所や温圧回数を指示したことがその注意義務に反する違法な行為とまで言うことはできず、この点に関する原告らの主張は理由がない。

(二)  原告らは、被告乙阪は右療法の説明、教示後において原告一郎、同美子から原告良子の症状を話され、施灸続行の可否について相談を受けた際、尽すべき注意義務に違反して不適切な指示をしたものとして不法行為責任を負う旨主張する。

原告一郎、同美子は、自宅で原告良子に対し被告乙阪、同乙井から説明された身体の箇所に右療法を一回するのに約三時間を要し、右療法を実施する側もされる側も疲れるので、原告美子は被告乙阪に対し電話で右事情を説明し原告良子にとつて悪い結果をもたらすのではないかと相談したところ、被告乙阪は、原告美子に対し、大丈夫である、一日三回は右療法をやつてほしいくらいで三時間は決して多くはないと答えたこと、原告良子は膝が痛み腫れるなど症状が悪化してきたので、原告美子は被告に対し原告良子の右症状を伝えたところ、被告乙阪は原告美子に対し、それはメッケンと言つて良い兆候であり良くなるためにはそれを通過するものであり、温圧の時間を少なくする必要はない旨答えたこと、原告一郎が被告乙阪へ棒もぐさを買いに訪れた際、同被告に対し、原告良子の膝が腫れてきたことを伝えると、被告乙阪はリューマチで腫れた人が枇杷葉温圧をすることによつて腫れの引いた例を聞いていたので、原告一郎に対し、原告良子の腫れた部位に隙間なく施灸するようにすすめたことは前記三6で認定したとおりであり、証人山口雄三の証言によれば、温熱療法においては患者の症状に応じてその刺激部位、刺激量を加減したり、場合によつては右療法の中止措置をとることが重要であることが認められる。

しかし、前記のとおり、枇杷葉温圧療法は民間の家庭療法であつてその実施方法、すなわち右療法用具の使い方、施灸の量、基本施術部位は被告乙田の著書に記載されており、右実施方法の指導を一回受けた後は右療法の利用者は自らの判断に基づき自宅で実施することが予定されているものであり、また、被告乙阪も右著書の記載内容に従つて原告らに対し右実施方法を説明したにすぎないものである一方、被告乙阪が右療法用具の販売を業とし、そのために右療法の効用を宣伝し、用具販売に当つて療法用具の使用方法、療法の実施箇所等についての説明、教示をしているにすぎないもので、病気の診察や右療法による治療に当つているわけではなく、また、専門の医学知識を有しておらず高度の医学的判断に基づく原告良子の症状についての治療方法の助言をなし得ないことは原告らも右著書の記載内容や被告乙阪を訪問することによつて知り得たと認められ、原告らは右療法を原告良子に実施することによりかえつて同人に苦痛や不快感を与え、その症状が悪化したと認めた場合には直ちに専門の医師に相談するなどして自らの判断に基づき右療法の時間や間隔の加減をし、または中止するなどの措置をとるべきであることが右療法が民間家庭療法であることの性質上当然のこととして予定されていたものと認めるのが相当である。そうすると、被告乙阪が、原告一郎、同美子に対した右療法を続行し、腫れた部位に隙間なく右療法を実施するようにとの発言は結果的にみて必ずしも適切妥当な助言であつたとはいえないけれども、前判示のとおり、被告乙阪が右療法の民間家庭療法としての特質や前記著書の記載内容、従来の療法の宣伝、用具販売の経験等から右療法は安全なものであつて通常の用法に従う限り特に危険な副作用を伴うものではないと信じていたことには無理からぬものがあり、単に右療法用具を販売し、その際にその実施方法、実施箇所等について被告乙田の著書の記載内容に従つた説明、教示をしているだけの被告乙阪に施行対象者の症状に応じた適切な措置の指導助言まで要求することは無理であるうえ、右発言は、高度の医学的判断に基づかないいわば素人の、しかも原告良子の両親からの電話または口頭による簡単な症状の説明と相談を受けただけでなした助言にすぎず医学的根拠や信頼性の乏しいものであることは通常人の容易に知り得べきことであることにも鑑みると、被告乙阪の右発言をもつて原告良子の生命、身体に対する危険を伴う社会的に許されない違法な行為とまで言うことはできず、原告らのこの点についての主張は理由がない。

2  被告乙井について

原告らは、被告乙井は資格を有せずして原告良子に対し診断を行つたこと自体不法行為であるうえ、施灸方法の指示に当つて尽すべき注意義務に違反したものとして不法行為責任を負う旨主張する。

被告乙井が、同乙阪とともに同乙田の著書中の人体図に黒点印で説明されていたツボのうち重要と考えたツボに赤のサインペンで丸印をつけ痛まないところでも印をつけた箇所は温圧すべきであること、さらに人体図中の二重丸の箇所は特に重要であるから必ず温圧すべきこと、右に赤丸、二重丸で示した合計約九〇箇所を一日に一回、できれば二、三回施灸するようにとすすめたことは前記三5で認定したとおりである。

しかし、被告乙井が同乙阪とともにした行為は、原告良子を診断し、その病気を治療することではなく、単に右療法用具の販売に当つてその使用方法、実施箇所等を説明、教示したにすぎず、被告乙井がその説明、教示に際し、原告良子の身体の状態、過去の病歴、現症状等を問診その他の方法によつて充分に把握し、同人の健康状態や症状に応じた適切な分量、方法による温圧を教示すべき注意義務まで負うものではないことは前記五1(一)で判示したとおりであるから、被告乙井が前記著書の内容に従い、原告良子の施灸箇所や施灸回数を指示したことがその注意義務に反する違法な行為とまで言うことはできず、原告らのこの点に関する主張は理由がない。

3  被告乙田について

(一)  原告らは、被告乙田は、昭和五〇年五月ころ、原告美子から相談を受けて原告らに対し、施灸について単に資格を有しないだけでなく、何ら基礎的な知識も技能も有していない被告乙阪を紹介し、同人をして原告らに対し無謀かつ無責任な施灸方法を教示及び施灸行為を行わしめたもので民法七〇九条または七一五条による不法行為責任を負う旨主張する。

しかし、前記四2で判示したとおり、被告乙田の主宰する枇杷葉温圧健康会本部の応対者は、原告美子に対し右療法の効果を宣伝し、原告らに右療法用具及び棒もぐさを購入させ、かつ右療法の作法等の指導を受けさせるために販売代理店の立場にある被告乙阪を紹介したにすぎないものであり、また、被告乙阪は原告らに対し、右療法用具を販売するに当つて、被告乙田の著書の記載内容に従つて右療法用具の使い方、施行箇所等を説明し、原告らが自ら実施できるように実際に右療法用具を使用して原告良子に対し右療法を実施してみせただけで、原告良子を診察し、その病気治療のための施灸をしたわけではないことは前記五1(一)で判示したとおりであつて、右健康会本部の応対者の被告乙阪を紹介した行為や被告乙阪が右療法用具販売に当つて原告らに説明、教示等した所為は何ら反社会的な違法行為ということはできないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。

(二)  原告らは、被告乙田は原告らから昭和五〇年七月二〇日ころまでの間に、原告良子の病状が悪化している、灸が多すぎはしないか、被告乙阪の指導内容でよいのかという訴えがあつた際、有効・適切な措置をとるべき注意義務に違反し、原告らに対し、被告乙阪の指導内容は正しいので同人の指導に従つて右療法を続けるようにとの誤つた指示をしたことによる不法行為責任がある旨主張し、証人甲山美子の証言中には原告美子が電話で被告乙田に相談した旨の供述部分が存するが、前掲各証拠と対比して、右供述部分はこれを措信することができず、他に被告乙田が原告美子の相談を受けて被告乙阪の指導に従うよう回答したとの原告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用できない。

そうすると、原告らの被告乙阪、同乙井、同乙田に対する不法行為に基づく損害賠償請求は原告らのその余の主張について判断するまでもなく理由がない。

六被告会社の責任

1 原告らは、被告会社は被告健康会と実質的には同一の実体を有する法人であるから、同被告と同一の不法行為責任及び債務不履行責任を負うと主張するが、前記一で判示したとおり、同被告は団体としての組織を備えておらず、法人に非ざる社団と認めることができないし、被告会社が被告健康会と一体性を有し、同一の実体を有すると認めるに足る証拠も存しないから、原告らのこの点に関する主張は理由がない。

2 原告らは、被告会社は実質は被告乙田の個人企業であるから、被告乙田と同一の不法行為責任及び債務不履行責任を負うと主張するが、被告乙田は原告らに対して債務不履行責任も不法行為責任も負わないことは前記四2、五3で判示したとおりであるから、原告らのこの点に関する主張は理由がない。〈以下、省略〉

(山本矩夫 朴木俊彦 川野雅樹)

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